— おもしろいですね。じゃあ、論理的であるかどうかと文系か理系かというのは関係ないんですね。

川上 はい。論理の使い方の問題ですね。論理を使って他人を説得したいのか、真理が知りたいのかという、根本的な違い。新聞社の態度なんかも完全に文系側ですよね。

— ああ、なるほど。

川上 結論ありきで論理を組み立てているから、論理が間違っていても認めないんですよね。もしくは、論理を少しずらして、どうあってもその結論にたどり着くようにする。一種の詭弁みたいな主張をするわけです。僕は、いわゆる文化人が言う「昔は言葉に力があった。今は言葉が力を失った」というフレーズが、よくわかんないなと思ってたんですよ。

— 言葉の力って何だ、と。

川上 これも同じ理屈で説明できる。要するに、これは文系のアジテーターの主張なんですよね。「最近、いくら煽ってもみんな聞いてくんない」ということを、詩的な表現で言ってるだけなんですよ(笑)。それって、言葉が力を失ったとかそんな話じゃなくて、一般大衆の正常な反応ですよね。みんながちゃんと考え始めた、と捉えるのが正しいんじゃないかと思うんです。

映画監督や制作チームは作品づくりにのめりこむうちに、最初は森全体が見えていたはずなのに、いつしか木しか見えなくなることがよくあるそうです。その視点を取り戻させるためにブレイントラストはあるのだとキャットムルは言います。しかし、それ以上のことは望んでいません。「ブレイントラストが考える解決策は、おそらく監督やその制作チームが考える解決策ほど優れたものにはならないから」です。
SF小説家のフィリップ・K・ディック氏の遺族との確執を見るにつけ、本当に出るとは思わなかった、というのが正直なところです。

maconn:

“正しいことなら通るのがあたりまえだと考えてる人間を『まだ若い』と称するのだそうだ”

昭和14年10月号『近きより2 』より

建築の設計の仕事もしていた彼に、「欧米のウェブサイトが格好良いものが多いのにくらべてどうして日本のウェブサイトってかっこ悪いものが多いのかな?」と聞いたところ、「それは、日本人が格好悪い建物や街に囲まれて育っているからだよ」という答えが返ってきて、とても納得だった。

最近「プログラマとうまく接するにはどうしたらよいか?」と聞かれるのですが、このドラマが参考になります(Hulu で全部見れます)。

 FBI捜査官の兄と天才数学者の弟がともに事件を解決していくのですが、弟が問題解決をしていくプロセスに、必ずしもその事件のディティールそのものをなぞったり時系列で把握したりはしない、ということがわかると思います。問題解決へのプロセスは私たちのような企画者、ディレクター、プロデューサーとは全くアプローチ方法が違います。一見私たちが「あそんでんのか?」と思うような行動、言動が、彼らにとっては問題解決のプロセスになっている場合があります。また、それらの結果のアプトプットは、ある日突然、一気に私たちの元に届けられます。

 また、兄の動きも見て欲しいです。兄は弟の能力を信じ、弟の問題解決に必要な要素、素材、事実を全力でかき集めます。その為には決済者に嘘をついたり、部下をどやしつけたり、方法は問いません。私たちはこれをすべきだと考えます。プログラマには、問題解決以外のストレスを与えるのは得策ではないのかなと思います。

 最後に、弟の位置にいるプログラマのみなさんにおかれましては、兄は結構頑張ってるんで、「それは正しくないですね」とかあんまり厳しく言わずに優しくして欲しいな〜なんて思ったりしてますw
 
 

NUMBERS 天才数学者の事件ファイル(ナンバーズ てんさいすうがくしゃのじけんファイル、原題Numb3rs、Numbers、公式にはNUMB3RS)は、アメリカ合衆国で2005年から2010年にかけて放送されていたテレビドラマである。
ja.wikipedia.org
177 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2012/03/25(日) 15:51:27.10 ID:tCG+dNh00
コナン・ドイルはパリの駅前でタクシーを待っていた。
タクシーが前に止まった。
彼はスーツケースを積みこむと自分も乗り込んだ。

運転手に行き先を言おうとすると、運転手が尋ねた。
「どこへ行きますか、ドイルさん?」

ドイルは仰天し、自分を見知っているのかと運転手に尋ねた。
「いいえ、以前にお目にかかったことはありません」

ドイルは不思議に思った。
どうして自分をコナン・ドイルだと思ったのであろう。

運転手はこう答えた。
「貴方がマルセイユで休暇を過ごしていらっしゃるという記事が今朝の朝刊に載っていました」
「このタクシースタンドは、マルセイユから戻ってきた人達がいつも来るところです」
「肌の色を見れば、休暇を過ごしてこられたのは分かります」
「右の人差し指のインクのしみで、作家だろうと思いました」
「洋服はフランス風ではなく如何にも英国人らしいものです」
「これらの情報を総合して、サー・アーサー・コナン・ドイル氏であろうと考えたわけです」

ドイルは感心して言った。
「それは本当に素晴らしいな。君は私が書く作品のシャーロック・ホームズに匹敵するの推理力の持ち主だ」

「それと、もうひとつあるんです」
と運転手は付け加えた。
「なんだい?」

「スーツケースにお名前が書いてあります」

(※実話)

毎日新聞社は同年7月7日になってようやく、社内調査結果を 7月中旬に公表するという見通しを示した[18]。そして 7月20日、MDN サイト分の問題について、同サイトや同社の日本語サイト、同日付け「毎日新聞」朝刊紙面(見開き特集をふくむ)で、社内検証チームによる検証結果と分析、社外の言論関係者からのコメント、検証結果を受けた追加処分などを公表した[19][20][3][21]

社内調査結果では英文サイト問題と呼んだり、柳田邦男玉木明のコメントとしてネット社会の問題点に言及した[22][23]。要因の分析としてもWeb サイトへ移行をした時の問題とし、日本人スタッフが減少して担当が外国人のみになったことをあげている[24]

しかし、1997年11月5日の毎日デイリーニューズの印刷紙面記事において既に「息子の性欲をoral sexで処理する日本人母」なる記事が掲載された。毎日デイリーニューズはWebサイトへ移行する以前から日本人スタッフの減少とも無関係に多くの「変態ニュース」を配信し、日本人記者と思われる記者名も「変態ニュース」に添えられていた[25]

追加処分は2人で、1999年4月から2004年6月まで総合メディア事業局長だった渡辺良行常務(役員報酬20%・1カ月返上)と、処分時点で役職を退いていた英文毎日元編集部長。

記事の訂正[編集]

社内調査結果の中で、引用記事に対して、記者による加筆や改変があったと認めているが、具体的にどの記事においてどのような改ざんがあったのかなどの検証はなされておらず、記事に問題があったとしているにもかかわらず記事の訂正は全くなされていない。なお問題となった記事を書いたとされるライアン・コネルからは現在に至るまで具体的な引用・出典の公表は行われていない。

転載記事の追跡調査[編集]

社内調査結果の中で、『「WaiWai」は既に閉鎖しておりますが、過去の記事を転載しているサイトなどが判明すれば、事情を説明し、訂正や削除の要請を続けていきたいと思います。』と書かれているが、いくつのサイトに対して削除や訂正を求め、その結果削除や訂正に応じたのはどれだけかなど、具体的な動きは全く明らかにされていない上、過去の記事を転載しているサイトを探すための部署などはない。また、毎日新聞からの要請で削除されたと思われるサイトは見つかっていない。

287 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/01/15(日) 23:55:47 ID:pOuVUJu/
日本語は色を表す形容詞は少ないよ。
色の「名前」は多いけど。
「○色い」を除くと「黒い」「白い」「赤い」「青い」しかない。


292 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/01/16(月) 02:05:02 ID:uM5TBbA8
»287
もともと、江戸時代ぐらいまでの、日本の【色】の概念・定義って、4種類しかなかったらしい。
それが、黒・白・赤・青
他の色はこの4種のどれかに含まれたらしい。
黄色は赤の一種だったんだけかな。緑は青の一種。
だから、青野菜といえば、青い野菜なんてないけど、緑の野菜を指す。
青信号といっても、多くは緑色の信号だったりする。

後付の色は、どうしても形容詞が乏しかったりする。


315 名前: おさかなくわえた名無しさん [sage] 投稿日: 2006/01/16(月) 15:51:51 ID:d134/1NF
古代の日本の色の概念が赤、青、白、黒の4つしかなかったというのは本当。
光に対する4種類の感受性である
明るい(明)=あか
暗い(暗)=くろ
はっきりしている(顕)=しろ
ぼんやりしている(漠)=あを   で色を表現していた。
だから色を表すことばのなかでこの4つだけが単独で形容詞化できる (あかい、あおいなど)。
これ以外の言葉は、もともとは色以外を表すものだったのが色の表現
に流用されたもの。例えば「みどり」はもともとは新芽や若葉、またそれ
らに象徴される生命力を表す言葉だった(みどり子、みどりの黒髪など)。